以前のコラムでは、当社の事業の根幹である「ダイナミックマップ」の概念と、高精度3次元地図データの役割をご紹介しました。今回はその先にある姿として、ダイナミックマップを「AIが世界を理解し、判断し、動くための知能基盤」へと進化させる研究についてご紹介します。
当社は2026年5月、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)の白坂成功研究室との共同研究の成果として、国際学会 「IIAI AAI 2026(20th International Congress on Advanced Applied Informatics)」に論文が採択されました。2026年7月に福井で開催される同学会での発表を予定しています。
(参考リリース:https://www.dynamic-maps.co.jp/news/news-1606/)
なぜ今、この研究に取り組むのか
当社は2016年の設立以来、自動運転・ADASを中心に高精度3次元地図データを提供してきました。近年はその活用領域も、公道にとどまらず、空港・港湾、物流、インフラ管理、AI向けデータへと広がっています。
一方で、空間情報を複数の事業やAI活用へ広げていくには、個別プロジェクトをつなぐ共通の設計思想が必要になってきました。たとえば、自動運転、物流、都市管理といった異なる領域で同じ空間情報を活用する場合でも、求められる判断や運用ルールはそれぞれ異なります。
だからこそ、個別最適にとどまらず、空間情報を横断的に扱うための枠組みが重要になります。地図はもはや静的なデータではなく、AIが世界を理解し、判断するための共有知能基盤へと進化する必要があります。
研究のポイント
採択された論文は、空間情報インフラを「データの入れ物」ではなく、「複数の事業者やAIエージェントが同じ空間認識を共有し、横断的に判断できる基盤」として捉え直したものです。提案するリファレンスアーキテクチャでは、データの受信・標準化、意味の抽出、世界モデルの更新、事業要件の記述、推論、利用、ガバナンスまでを一貫して扱います。

ポイントは、技術的なデータ処理と、現場で必要となる業務判断や運用ルールを切り離さずに設計している点にあります。これにより、運用変更や新たな事業者の参画にも柔軟に対応できる構成を目指しました。単に情報を集めて見せるのではなく、複数の主体が協調しながら意思決定できる基盤をどうつくるかという視点を重視しています。また、AIによる判断についても、その理由を後から確認できることが、実際の運用や信頼性の確保にとって重要だと考えています。
論文の概要
“Reference Architecture for Spatial Information Platforms Supporting Optimization of Interconnected Business Operations Using Autonomous Agents”(自律エージェントを用いた複合的ビジネスの最適化を支援する空間情報基盤のリファレンスアーキテクチャ)というタイトルです。
本研究は、空間情報インフラを可視化やシミュレーションのための仕組みにとどめず、複数の事業者やAIエージェントが同じ空間認識を共有し、横断的に最適な判断を支援できる基盤へと発展させるための設計指針を示したものです。
たとえば港湾では、船会社、物流事業者、道路管理者、港湾管理者など、多くの主体が同じ空間を使いながら別々に業務を行っています。船の入港予定の変更が車両動線や荷役計画に影響し、その影響がさらに周辺道路の混雑や作業の優先順位にも波及することは珍しくありません。こうした場面では、空間情報を共通言語として、複数のステークホルダーが同じ「世界の見え方」を共有し、AIエージェントが横断的な判断を支援することが重要になります。
同時に、なぜそのルートや作業順序を選んだのかを関係者が後から確認し、必要に応じて管理監督者が説明できることも欠かせません。特に安全性への配慮が強く求められる場面では、AIの判断理由をたどれることが、現場の納得感や運用への信頼につながります。この考え方は、港湾に限らず、都市管理やスマートシティなど幅広い分野への展開が期待できます。
研究を通じて感じたこと
慶應SDMとの共同研究で印象的だったのは、「システム思考」と「デザイン思考」を掛け合わせるアプローチの力でした。技術を深めるだけでなく、「この技術は誰のどんな課題を解決するのか」「事業者間の関係性をどう構造化するか」といった俯瞰的な問いを重ねることで、個々のプロジェクトでは見えにくかった全体像が整理されたと感じています。研究を進める中では、技術そのものの新しさだけでなく、社会実装を見据えたときに何を共通基盤として設計すべきかを言語化することの重要性も改めて認識しました。
私は前職で、衛星データや地理空間情報に携わってきました。当社に入ってからは、高精度3次元データという「機械が読む地図」の世界に身を置いています。今回の研究を通じて改めて感じたのは、地図の役割が「場所を知るためのもの」から、「AIが世界を理解し、適切に判断するための知能基盤」へと大きく変わりつつあることです。
本研究は、空間情報基盤の将来像を示すコンセプトの提示に重点を置いたものです。今後は、実証や具体的なユースケースを通じて、このアーキテクチャをさらに磨いていきたいと考えています。こうした取り組みを通じて、当社がこれまで培ってきた地図技術を、より広い社会課題の解決につながる基盤へと発展させてまいります。
